平成21年6月22日から7月17日までの4週間にわたり、平成21年度食肉衛生検査研修が実施され、全国の自治体から私を含め35名の獣医師が受講いたしました。
本研修は講義と演習、及び実地研修により構成されており、カリキュラムは微生物学、理化学、病理学、さらに心理学の要素を取り入れたものまで多岐に渡っておりました。このことからも私たちの日ごろの業務がいかに幅広いものであるかということを改めて認識させられるとともに、私自身はじめて見聞きする内容も含まれており、まさに技術は日進月歩であることを感じました。
私たち研修生の多くが興味を持っていた内容の一つが、全自治体で継続実施しているBSEスクリーニング検査の今後についてだったと思います。このことについてはBSEの病理、わが国での発生の経緯からその対策まで詳細に講義で取り上げられておりました。あわせてBSEというリスクを消費者にいかに伝え、合意を図るかといういわゆるリスクコミュニケーションの困難さも垣間見ることができました。
カリキュラムの中でも特に私の印象に残った内容は、Risk Analysisの1要素である
Risk Managementについてでした。疾病排除に加えて重視されつつある食肉の衛生確保のためには、微生物制御が最重要であり、目標とする基準を定め、工程ごとの管理により達成を目指すという考え方が国際的にも主流となり、そのためには処理加工工程のみならず生産段階からの対策が必要不可欠であるというものでした。HACCPという概念が食品衛生法に取り入れられ、From Farm To Tableというフレーズがあちこちで使われるようになって10年以上が経過していますが、まさにこの考え方が食肉処理においても求められるようになってきたのだと感じました。私は食品衛生監視員の経験が長く、冷凍食品やそうざいなどの大規模な食品製造工場を監視する際は、食肉=汚染物という認識で指導してきました。しかし、これからは食肉の微生物制御が進み、危害となる微生物が制御された食肉の流通が現実のものとなった暁には、私の認識も改めなければならないと思いつつ、新たな食品衛生の1ページが開かれるかもしれないという、期待感に近い不思議な感覚を持ったことをはっきりと覚えています。
実地研修では先進的な食肉処理場及び食鳥処理場を視察させていただきました。普段、自分たちが所管している施設以外を見るという機会はめったにないため、大変参考になりました。他の施設が実施している模範的な取り組みを知ることができたのと同時に、自分たちの施設が持つ「良さ」も発見することができました。
演習の一環で行われたテーマ研究については、自分たちが抱えている日ごろの課題を持ち寄り、似たような課題を持つ研修生がグループになってその課題に取り組むというものでした。問題の分析や解決策などをメンバーで議論する過程で、様々な考え方や技術的手技にふれることができ、多くの新たな発見がありました。
私たちの職務は、農場で生産された家畜や食鳥を、安全な食肉として消費者に提供することです。このことは研修生全員が認識していると言って間違いないでしょう。しかしながら日々の業務に忙殺され、また事業者との関係を重視するあまり、問題が見えていない部分があるということも事実だと思います。この研修を受講して最新の知識や技術、国際的な食肉処理の考え方を学べたことは、私たちにとってよい刺激になりました。また、自分たち以外にも同じような問題に直面し、苦悩しながらもそれを解決しようと一生懸命取り組んでいる仲間が全国各地にいるということが、これからの私たちにとっては何よりの励みになると感じました。この35名の研修生のなかで形成された新たな「絆」は、私たちにとって大きな財産になったことは言うまでもありません。
最後にこのような貴重な研修の機会を与えてくださった国立保健医療科学院関係者の皆様と講師の先生方に深く感謝申し上げます。私たちは、今後この研修で得た知識や技術そしてネットワークを活用し、安全な食肉を提供するための使命を全うしていきたいと思います。
研修: 2009年9月アーカイブ
短期研修「食肉衛生検査研修」が6月22日~7月17日に実施されました(受講生35名)。本研修は、地方公共団体の食肉衛生検査所等において、と畜検査員又は食鳥検査員として3年以上の実務経験を有する獣医師を対象に、食肉の安全確保と衛生管理向上を図るために最新の専門知識と技術を習得することを目的に実施しています。
今年の本研修への応募者数は35名(定員30名)、定員を上回る人数が参加となり非常に充実した研修となりました。研修の内容についてですが、主に講師先生方(大学教授や厚生労働省など)による学術的な講義や食鳥肉処理施設における実地演習を3回受けさせていただきました。特にHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point; 危害分析・重要管理点)やCampylobacter食中毒の海外や日本における現状を取り上げる等、公衆衛生分野の新しい考え方が多数盛り込まれており、また、実際にHACCPを取り入れている処理場への視察も行ったことで、これら公衆衛生分野における最新の知見に対してより理解を深めることができました。その他にも「テーマ研究」として毎年、受講生があらかじめ用意してきた特定のテーマを元に、ある程度のグループに振り分け、受講生同士がディスカッションをするグループワークも実施し受講生間の意見、情報交換ができるような工夫もされていました。こうした1ヶ月間のグループワークを経て自分達が課題にしていたテーマから一つの見解を打ち出していくのは、他機関における現状や問題点・今後の展望などが聞ける意味でも大変勉強になりましたし、受講生間の親交をより深めることができたと感じています。
また、今年から本研修で習得した知識などを今後の仕事でどのように活かしていくか他の受講生や講師先生方の前で発表する「Plan of action presentation」という時間も研修の最終日に設けられました。この研修で何が自分にとって重要か?この研修で得た知識をどのように活かそうと考えているのか?と、いったような同じ研修を受講した仲間が、何を考え何を感じていたのかを聞くことで今回の研修の内容を自分の中で反芻できるような場が設けられているのは良い試みであると思います。
ただ、他の受講生の方々に感想をおうかがいすると、「講義の進行について受講内容を講師先生から受講生へ一方的に伝達しているだけになっており、講師と受講生(現場)との間に距離を感じたまま、ただ受講しているだけになっているという思いもあった」という意見もありました。せっかく最新の知見を踏まえたすばらしい講義内容だけに講義の進行についても考えていただけたらと思います。
いろいろと書かせていただきましたが、本研修の内容は食肉衛生分野のみに係わらず、公衆衛生分野において幅広く活用できる内容であったと思いますので、ここで得た知識や受講生・講師先生方との繋がりを公衆衛生事業全般で活かしていければと思っています。
<食鳥処理場視察風景>
岡山市食肉衛生検査所 武本 晋哉